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永平寺禅を学ぶ会 シンポジウムに参加して

平成23年度「永平寺禅を学ぶ会」特別講座 シンポジウム
「いのちを慈しむ 〜原発を選ばないという生き方〜」
基調講演 長谷川健一氏(福島県飯館村酪農家)中島哲演氏(小浜市明通寺住職)



原子力発電所に「もんじゅ」「ふげん」という名前がついていること。
それに対する謝罪の意味をこめたシンポジウムと聞いて迷わず福井に来ました。

原発という物に対する認識の甘さ。
宗教者がその事に対して、どう謝罪をするのかということに興味がありました。
それはここまで教育を駄目にしてしまった教師としての私の問題でもあるからです。
だからどうしても生で聴きたかった。

けれど残念ながらその期待は打ち砕かれました。
実行委員長とされる禅師は冒頭挨拶の最後に付け加えるように言いました。

「もんじゅ」「ふげん」という名前は動燃が決めた。
そしてそのあと命名したことについて、永平寺の禅師に報告があった。
「人間の知恵に、文殊、普賢の知恵と慈悲をという願い」だった。
それだけだという説明でした。

命名までのいきさつも、命名してしまったことへの思いもなにも語られず。
文殊菩薩と普賢菩薩という仏の名前を原発の名前に冠してしまったこと、
命名したのがたとえ永平寺の禅師でなくとも、それを容認したことへの思いがあるはず。
正直とても残念です。

永平寺という名前の大きさを我々はわかっていなかった、
という司会の方の言葉から想像するに、反響は予想以上だったのでしょう。
写真撮影禁止、会場の質問も無し、という警戒態勢を思わせる進行で会は終わりました。

一方、招かれた真言宗の僧侶、中島哲演氏の講演には行動して来た人の重みを感じました。40年前広島でヒバクシャの話を聴いてから、小浜市に原発を作らせない運動をずっとやってきたが、今また福島でこのようなことになり無念、国策だった戦争の際に多くの子どもを疎開させたように、国策である原発がこんなことになった以上、子どもたちを一刻も早く逃がさなければだめだという言葉には強くうなづきました。また「私のような僧侶の格好をしている私の言うことは、もっともらしく聞こえるでしょうが、騙されてはいけない、ご自分の頭とハートでどうか感じ考え行動して下さい」という言い方には中島氏の人となりを感じました。そして、「安全神話」のあとに来た「電気は足りない神話」をどう突き崩すかが大事だという話には、大きな拍手がわいていました。

また、福島県飯館村で酪農を営んでいた長谷川さんの話は大変重いものでした。事故直後から同じ酪農家や地元の人たちに声をかけながら、走り回っていること。孫は千葉県に避難させたこと、原発事故から今までの間あちこちの放射線量を測って歩いていること、その結果高線量が出るたびに「みんなには言わないでくれ!」と村長や村役場が言うこと、そして周りの人たちに危ないと言い続けていること、テレビや新聞にも危険性を伝えてきたが、いつもカットされたことなど、実際に福島で体験した方にしかわからない事柄が次々と紹介されました。事故後中学校の体育館に集められて大学教授から「安心、安全」だと言われたことについても怒りを持って語っておられました。



自分がおかした過去の過ちとどう対峙するのか。
そんな思いから始まった永平寺シンポジウムでしたが、
お二人の講演を聴いて思ったのは、人間は行動できるということでした。

それが大きな結果を生まなかったとしても、行動する事はできる。
それが宗教者であれ教師であれ酪農家であれ、今自分の出来ることをやる。
出来なかったこと、して来なかったことに対する深い反省を持って行動する。
それしかないと。





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